完璧主義をやめれば見える世界は一変する

完璧主義」は精神疾患のリスクになったり

あまり良くない言われ方をします

物事を完璧にやろうとする事の

何がいけないのでしょうか?

  

「完璧に何かをしようとする」

そこまでならいいのかもしれませんが

多くは

それが達成できなかった時に

敗北感、喪失感、怒り等を強く持ちます

  

完璧がスタンダードな為

出来ない事にフォーカスすることになります 

  

あるいはその完璧を他人に強要する人もいます

そうなるとただの公害です

 

そして、何か注意されたりすると

まるで人間そのものを否定されたかのように

過大に落ち込んでしまったり

自分を責めてしまうこともあります

  

あるいは注意した人に怒りの感情を強く持ち

自分の意見に同意が得られない限り

その人を排除しようとする人もいます 

 

いずれも

ありのままの自分を受け入れられない ケース

完璧主義の弊害です

 

失敗は許されない

失敗する自分は許せない

こんなはずじゃない 

そういった思考になってしまいます 

 

私も長らく完璧主義で生きてきました

しかもそれが自分を傷つけているとも知らずに 

  

そして私の両親もまた完璧主義です

上に書いたケースは私の両親の話 

 

先日、脳出血後リハビリテーション病院に転院した

父に会いに行きました

主治医より

今日はお粥をご自分で召し上がったんですよ

と聞き、私はそこまでの回復も難しいかと思いましたのでホッとしました

すると父本人に会った時その話をすると

食べたけど、1時間もかかってしまった😫

と苦虫を噛み潰したような顔をしました

私は

お父さん、出来なかったことが出来たのは嬉しい事だよ

そう返しました

  

そう、父は何不自由なかった自分と比較している

100%の自分

だから出来ない部分にフォーカスしてしまうのです

 

それだと苦しくて当たり前です

完璧主義は自分を追い込みます

 

出来た事を 小さな一歩を喜ぶ事ができない

完璧主義は自分に優しくないんです

私はそれを思い知り、変わりたいと思いました

 

ちゃんと

出来た事にフォーカスできたら

見える世界が一変します

  

長く苦しかった時代もありました

私は今、本当に幸せです✨

いや、幸せに気が付けるようになりました✨ 

  

自分に優しくできれば

人にももっと優しくなれる

  

両親には両親の人生があり

私が2人を変えることはできません

ただ、伝えること

私の姿を見せることはできます

 

あくまで

私は私が思うように自分の人生を生きるだけです

2人から引き継がれた命だからこそ

ツバキの花言葉に『控えめな素晴らしさ』『気取らない優美さ』などがあります

私はどちらかというと気取って生きてきたように思うんです

肩の力を抜いて気取らずに、控えめながらも美しく

そんな風に生きられたらいいなと思います

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